なりゆきサーカス×にじゆら 03

海のにおいがする。
と思ったのは防染に使う“糊”のそれだった。

途切れることない蒸気、規則正しく動く機械の音。
糊置き、土手、注染、水洗い、立干し。

注染の現場ではコンプレッサーを操る動きに連動して
何かの楽器を演奏しているかのように音が出る。
ちょっと見ても何色かわからない無数のバケツから染料をくみ上げ、
秘伝のレシピでソースを作る料理人のように色を作る。
「狭いし汚くて…」にじゆら担当のFな井さんは言うが
それぞれの持ち場を守る職人さんの素早く研ぎすまされた所作は、無駄がなく、美しい。

「日本の染色工場で一番狭い工場ですねん。でもね、ええとこいっぱいあるんでっせ」
にじゆらの工場、ナカニでは、一人の職人さんが洗いから染め上げまで一通りのことを身に付け一人前になる。
持ち場ごとに担当が決まっている他工場との大きな違いで、
職人として、全体の流れを知っていること、どこに行っても通用することの利点は大きい。
そう説明する社長は誇らしげだ。

堺の小さな染色工場。
奏でる音楽はまるで染めのオーケストラか。
決して広くない工場から広がる世界は海よりも大きい。

そんなこんなで全員デザインが決定した、という噂がなりゆきサーカス内に飛び交う。
もっとぼかしてくださいよ!この色じゃないと納得できません!
暴走馬あり暴れ馬ありのメンバー個々の手綱を一手に操るFな井さん。
相変わらず内容もスケジュールも互いに知らせ合うことなく
6パターン同時進行でそれぞれのイメージを“染め”に乗せていく。

だが、はっきり言って“染め”の想像はぼんやりとしかできていなかった。
一度現場を見ても実際自分の絵と結びつけることなど出来ていなかったのだ。
おそらく染めのルールを無視した発言を多発していた。
自分のデザインが染め上げられて行く現場に立合い、そのことを知り、がっくりと膝を崩すメンバー。

すると社長が近づきこう言った。
「僕のジーパン見て!勝手にチャックが下がるねん!」
その姿はまるで少年のようだった。(実話です)

社長のボケは突然やってくる。
ひとが真面目な顔をしていてもお構いなしだ。
しかしそれが空中浮遊するのを吉としないと悟った我々はベタにつっこんだ。
「社長!チャックはキュッと上げて行きましょう!」

(つづく)

 

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