にじゆらの工場の扉を開け、白生地を踏まないようにと注意を受けつつ
砂が敷かれた板場を抜けると、染めの現場・壷人だ。
湯気とバケツのむこうに見える何人かの職人さんの中にひとり、小柄な女性の姿がある。
杉本さん。
『なりゆきサーカス×にじゆら』の柄も手がけてもらった染めの職人さん。
長いエプロンに長靴。マスク、ゴム手袋。
杉本さんは、じっと指示書を見つめていたと思えばきびきびと動き出す。
お湯を汲む。ドヒンと呼ばれる小さなじょうろのようなものに染料を入れ、注ぐ。
染料定着。当て布を被せる。上から叩く。布を剝ぐ。
無駄無く素早い動作でありながら美しく、ひとつひとつの工程を丁寧につなげていくのがわかる。
裏返し、もう一度。土手で仕切った箇所それぞれに別の色、同じ色、指示書に従い、色を注ぐ。
見ているこちらは、複雑な柄になると間違えないのが不思議なくらい、何がなんだかわからない。
壷人は、A4の紙にプリントされた指示書による色のイメージをどうつかみ、どう再現しているんだろう。
印刷に係わる我々がCMYK分解で色を見るのと同じことだろうか。
クライアントのイメージを汲み取り再現する、という意味では同じようにも思えるし、
染料のあいまいな化学反応が加味されるという、より複雑な世界にも見える。
注染における作家との関係は、漫画で言う原作と作画くらい重要なのではないだろうかと思えて来る。
どんなに素晴らしい柄も再現してくれる職人さんがいなければ成り立たない。
江戸時代に大流行した浮世絵でも同じことが言える。
しかし、彼の北斎が描いたのは下絵のアウトラインのみでありながら彫師や摺師の名前は出て来ない。
職人さんとはそういったものなのだろうか。謙虚だ。
時々、休憩にとおやつが配られるようで、その時だけマスクを下げ笑顔を見せる。
それは一瞬で、すぐに作業に戻る。
お昼休みの時間を押して作業を続けることもある。疲れを見せないまま続行。
休日に出て、染めの技の研究なんかもやってる。
短期間でありながらいい壷人になった。本人の熱意の賜物やね。と社長は言う。
さて、注染における花形・壷人を支える影の立役者、それが糊置きの現場・板場だ。
花形だけで舞台が成り立たないのはご存知のとおり。
どんなにうまく染めようとしても、この糊置きが確実でなければ良い染めにはならない。
リズミカルな生地の折り返し、防染糊置きもまるで軽々と刷毛を往復させているように見えるが、その力加減は一朝一夕にできるものではない。
『なりゆきサーカス×にじゆら』を受け持ってくれた板場、かずさんの背中は曲がっている。
道具は、かずさんの手の形に姿を変える。それの意味を考えるだけで、賞賛の気持ちが湧く。
持ち場を守り、自分の形に変化した何かがイラストレーターにあるだろうか。
うちのベテランさんや。かずさんにまかせといたらなんも心配いらへん。と社長は言う。
毛がはえる…?!
ふざけているのではないことは百も承知だが、驚いた。職人さんの世界は真に想像がつかない深さだ。
今日は、とにかく本当に、ありがとうございます。という気持ちで
少しじっくりと、改めて職人さん2名にスポットライトをあてさせてもらった。
今週のなりゆきサーカスといえば、手ぬぐいのおまけとなる冊子の入稿を終えたところ。
いよいよどういった展示にするかの考えを混ぜ合わせ、かきまわし、伸ばし、たたくなどの手を加え、より現実的に、その物の状態を柔らかくし…
つまり展示プランを練っております。乞うご期待。
(つづく)
なりゆきサーカス
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